小・中学生のころ、『スクリーン』や『ロードショー』などの映画雑誌を熱心に買って読んでいた私にとって、イザベル・アジャーニという女優はその頃からすでに別格の存在だった。ちょうど、『カミーユ・クローデル』が公開された時期(年がばれる)と重なっていたからだろうか。で、その彼女の出世作がこの『アデルの恋の物語』。まだ二十歳にもなっていなかったんだから、恐るべしである。
文豪・ヴィクトル・ユゴーの二女アデルを主人公にしたこの映画、実話をもとにしておりますが、いやまあイザベル・アジャーニの美しいことといったら言葉になりません。なんというか、ヨーロッパの女優さんはハリウッドとの人工的な美しさとはまた違う、下手にいじってない美しさがある。あ、整形とかそういう次元の話ではないのよ。
アデルが愛するアルバート・ピンソン中尉(ブルース・ロビンソン。何とも言えず私好みのイケメンさん。ちょっとめくれ上がった上唇がよい)を追ってカナダへ渡るところから物語は始まる。アデルは下宿屋を見つけ、そこからピンソンに手紙を送り続けるものの、彼はことごとく無視。ようやく会って思いをぶつけても冷たい態度。
その理由はまあ当然ながら、アデルの気持ちが重すぎるからです。
でも、実際、このアデルの叶わぬ恋を見て、彼女に同情する人がどれだけいるのだろうか。むしろ、常人とはあまりにもかけ離れたアデルに振り回されるピンソンが気の毒にさえ思える。ピンソンは女たらしだし、多額の借金もあるゲスな男ですが、でも、それを差し引いてもアデルはヤバすぎます。
ピンソンが他の女のもとに通う。その濡れ場の一部始終を覗き見する。まあこれはありだろう。しかし、アデルが父であるユゴーに「彼と結婚しました」と嘘の手紙を書いたことで、「ユゴーの二女結婚」という記事が新聞に掲載されるあたりは恐ろしい。全世界に報じられるんだからさー。寝耳に水のピンソン、上司からも厳重な注意を受ける。
催眠術師に、ピンソンの心を変えさせようとする。まあ、あり得るな。ピンソンの婚約者の家に乗り込み、クッションを入れた腹部を見せ、「私は彼の子どもを身ごもっている」とあることないことを言い、縁談を壊す。これもまあ、あるでしょう。しかし、ピンソンのもとに「世界中の女はあなたのものです」という手紙付きで娼婦を送り込むとか、さすがにびびりましたね。おっかないことこの上ない。
このアデルの執拗なこだわりは、「結婚」なんですよね。そこに大きな意味がある。彼が誰と付き合おうが、究極的にはそこは重要ではなく、とにかく「結婚」がしたい。
終盤、彼女は完全な狂気に陥ります。ピンソンの部隊がイギリス領バルバドス島に移動しても追っていく。異様な身なりで黒人地区をうろつき、子どもたちからからかわれる。アデルがこの近くにいて「ピンソン夫人」と名乗っていることを知った彼は、アデルを探し出して後をつけ、人気のない場所で対決しようとする。
しかし、彼が名前を読んでも、目の前に立っても、アデルは気づきもしなければ見向きもしない。立ち止まりもせず、一点を見つめて歩いたままその場を去っていきます。…とまあ、これが表題通りの『アデルの恋の物語』の本筋になる。
しかし、この映画はそれだけではなかったのでした。
つづく。