1939年のアメリカ映画で、主演はグレタ・ガルボ。脚本にビリー・ワイルダーの名前あり。時代を色濃く反映した、でも抱腹絶倒のコメディ。終わるのが惜しい、と思う映画なんて、人一倍根気のない私には稀有な事例である。
もうね、ストーリーだけでなく、なんせセリフの一つひとつが洗練されていて、すべて暗記したくなるぐらいだったよ。淡島千景様がこの作品をたいへん愛していらして、こんな役をやりたいとおっしゃっていたのがよくわかる。
話としては、恋愛に疎い女子と、典型的な遊び人の男との恋物語、というラブコメの王道パターンなのではありますが、当時の世界情勢をうまく重ねたところがミソ。主人公のニノチカ(ガルボ)はソ連共産党のエリート幹部、相手役のレオン(メルヴィン・ダグラス)は人生これ恋と遊びしかない貴族である。
必死に口説くレオンと、最初はつれないニノチカ。彼がじっと見つめても、「白目もきれい、角膜も正常」と無表情で頷く。そのコチコチのニノチカが、だんだん、恋する女に変貌を遂げていくのが、もう、かわいすぎました。ガルボは好きなタイプの女優さんではないけれど、この当時、この共産党の何とも言えないコチコチ感を出せる硬質の女優はいなかったんじゃないかと思います。それにしても、恋に落ちたニノチカの、「レオン」と呼ぶ声がまあ何と甘ったるく、かわいらしいことよ。
これは、資本主義側の、共産主義に対する強烈な諷刺にもなっているわけですが(むしろこっちがメインか)、正面から声高に絶叫して批判するより、徹底して笑いにしてしまうこういう形の方がはるかにこたえる。遊び人のレオンが、いつのまにかニノチカの影響を受けて「平等!」とか叫んじゃうのにも大笑いしました。こういう相対化は大事だねー。
ニノチカは、軍曹(笑)だっただけあってそりゃあめっぽう強い。仕事もハンパなくできる。レオンがエッフェル塔にニノチカを案内する。ニノチカは1,000段以上の階段をのぼっていく。レオンがエレベーターでやっとこさ上がると、ニノチカはすでに展望台に着いている。って、化け物かあんた!
そしてこれが重要なのですが、徹底した教条主義者の設定。恋に落ちてからも、シャンパンを飲んで酔っ払っては演説をしたがる厄介な女子である。だから、自分の気持ちの変化に戸惑う。かわいい帽子を買ってかぶってみるが、あくまでこっそりと。レオンの部屋に飾ってある女性の写真に嫉妬するけど、それについて尋ねるニノチカは、軍曹の面影微塵もなく、ひたすらおどおどしているし、言葉もたどたどしい。そして、キスシーンの表情が、時間を追うごとに変化していく。うーん、すごい。
なんつーか、あれです、女の子の夢をひたすらちりばめたような映画です(もれなくお姫様抱っこも付いてきます)。
最後に一言。煙草を吸うニノチカ、あんたカッコよすぎます。これだけでも一見の価値があります。