高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

マイケル・カーティス『俺たちは天使じゃない』(1955)

ハンフリー・ボガート(以下、ボギー)という俳優は、その面構えから最初は悪役ばっかりで、のちに渋くてカッコいい役をやるようになったわけですけれども、私としては、この人、コメディがとても似合うと思っています。出自はええとこの坊ちゃんだし、余裕というか、何とも言えないおかしみがあるんですな。

もっとも、コワモテの人がコメディをやるというのは、きわめて個人的な私の好みでもあるので(好感度3割増)、この映画、優れているとは言えないまでも、そういう意味で楽しかった。いやー、ボギー、いい俳優だなあ。彼が演じるジョセフは稀代の詐欺師。お茶目で礼儀正しい。でも、極悪人。したがって笑顔が怖い。

映画は、ジョセフとアルバートアルド・レイ)、ジュールス(ピーター・ユスティノフ)が脱獄したところから始まる。後の2人は殺人犯。加えてアルバートは錠前破りの天才、ジュールスは女に目がない。この3人、首尾よく町の雑貨屋に入りこんで、夜のうちに奪えるものはすべて奪って、いざとなったら主人の喉をかき切ってズラかろうぜ、という物騒な計画を立てる。

ところが、この雑貨屋の主人とその妻、娘があまりにも善良で、かつその店が経営不振に陥っていることを知り、いつのまにか一家のためにあれやこれやと骨を折ることに…というお話。まあ、よくあるパターンの話と言われればそれまでなのですが、やはりいちばん笑えるのは、善行を成す3人があくまでも凶悪犯であり、同時に凶悪犯がきわめて善良な人間だということ。たとえばこういう会話。

「俺には殺せない、だってクリスマスだぞ」「知るか!」「お前はサンタを信じないんだな!」

ボギーは才能をいかんなく発揮、巧みな話術で売れ残っていた高価な整髪セットを、ハゲ頭の客に売りつける。帳簿を偽造する。3人は一家から今晩行われるクリスマスパーティーに招待される。そこからがさらにおかしい。というか、あれなんですよ、雑貨屋の主人一家もどこか浮世離れしているというか、ネジが外れているので、妙な相乗効果になっていくわけです。

ボギーは大真面目な顔で、ピンクのフリルがついたエプロンをつけて料理に精を出す。残りの2人も、娘とともに「知事の家のように飾り付けようぜ!」と庭のデコレーションに奔走する。これがその容貌からは想像もつかないようなメルヘンチックなもの。しかも、「おい、芝生は踏まないようにしろよ」とか言いながらやってるし。さらに凶悪犯の3人は、大きなクリスマスツリーの前で、主人一家のために賛美歌まで合唱しちゃいます。

ところが、そこへこの主人一家を悩ませる経営者のアンドレと、娘を捨てた甥のポールがやって来る。その横柄な態度に業を煮やした悪人3名、殺してやろうと息巻くも、何とか思いとどまる。さてどうしたもんかと思案しているときに、素晴らしい活躍を見せたのが、ジュールスが連れて来たアドルフ。そう、彼は毒蛇なのでした。

ラスト、パリッとした身なりの3人は首尾よくパリへ向かおうとしますが、結局、娑婆より監獄の方が平和だから帰ろうぜ、ということになり、引き返す。3人の頭上には天使の輪が。そして、ぶら下げられたカゴの中の蛇のアドルフにも、やはり小さな天使の輪が浮かぶ(ここ、私のお気に入り)。

これは結局、おとぎ話そのものなんですよね。そういう下敷きがあるから、わかっていても安心して楽しめるわけで、やはり神話やおとぎ話の構造は万国共通。ちなみにこの映画、1989年にロバート・デ・二ーロとショーン・ペン主演でリメイクされています。