高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

山下耕作『大奥絵巻』(1968)

ドロドロした女同士の戦い、いわゆる大奥モノのはしりである。まあ、私の場合、淡島千景が目当てで見たわけですけれども、結構なオールスターキャストで、セットなんかもすごく豪華で、今の時代劇の貧相さにちょっと泣けてくる。日本は豊かな国だったんだなあ。

淡島千景 女優というプリズム』(おけいちゃんファン必読の書)には、彼女が演じた数ある映画作品のなかで唯一の悪役、と書かれていました。役名は浅岡。しかし、典型的な悪役というよりは、複雑な役どころと言った方がふさわしい。悪役と言うならば、松島(三益愛子)、藤尾(木暮実千代)の方がよっぽどである。

その、悪に徹しきれない複雑な役ゆえか、クレジットでは「トメ」(最後)なのに、上記二人にワルっぷりでは食われてしまっている感は否めず。ファンとしてはとても残念。というか、淡島千景というのは、その容貌からしてそうなんですけれども、陽性だし、根がいい人なのか、基本的に悪役は似合わないんですよね。一方で、本当の悪役を見てみたかった、とも思う。

で、この映画はこんなお話です。

町人の出で大奥に上がった浅岡は、そこで実権を握るために、時の将軍徳川家斉田村高廣。超カッコいい。若い頃の声は田村亮そっくりである。って、兄弟だから当たり前か)に妹・阿紀(佐久間良子)を送り込む。阿紀は計画通りに将軍からの寵愛を受けるようになる。

佐久間良子はこの映画を製作した東映の看板女優ですから、そりゃあもう絵に描いたようなヒロインですわよ。将軍をひたむきに愛し、大奥の泥沼のなかでも純粋さを貫き、控えめで、とにかく美しい。なお、末の妹・お町を大原麗子が演じている。

浅岡は最高位の大年寄まで上りつめるも、お町が姉たちとは敵対する御台所(桜町弘子)側の女中になったあたりから、運命の歯車は狂い始めるのでありました……。 つまり、御台様としては、お町から崩して、浅岡を失脚させようというわけですな。

最大の見せ場は、三姉妹の修羅場ですね。浅岡は、自らの手で、今は敵となった妹・お町を殺そうとします。いや、もうね、この場面の淡島千景の動きの美しさと言ったらないよ。打掛やら何やら、重たい衣装を着ていても、機敏に、かつ美しく、しかも格闘シーンを見せられるのは、「大」女優ではまあこの人ぐらいでしょう(と、勝手に思っている)。

そして、その、姉である浅岡を、もう一人の妹である阿紀が背後から刺します。いやいやいやいや、三人仲良く暮らした時代もあっただろうにさ……。でも、この三人が一堂に会すると、やっぱり迫力があります。

姉の権力欲をなじる二人の妹。しかしながら、町人の出と蔑まれ続けながら、ここまでのし上がって来た姉の苦衷など、妹たちにはわかるまいよ。淡島千景はそれを匂わせるだけで死んでいきますが、ああ、もう! もうちょっと出してもいいのに! とも思ったが、そうすると悪役であるはずの浅岡が一気に善人になってしまうのでダメですね。先に、複雑な役どころと言ったのはここです。

姉という後ろ盾を失った阿紀はお町を大奥から出し、自分は御台所から賜った毒入りの酒を飲んで、将軍様の胸に抱かれながら息絶えます。こういう時、メロドラマのヒロインは美人じゃないとダメ、と淡島千景ご本人が言っていたのがよくわかる。

やっぱり淡島千景は、派手な衣装を着て佐野周二を困惑させたり(『てんやわんや』)、森繁久彌をどつきまわしたり(『夫婦善哉』)、新珠三千代と取っ組み合いのケンカをしたり(『赤坂の姉妹・夜の肌』)、原節子に鋭いツッコミを入れたり(『麦秋』)している方がいいです。順不同ですが。

ところで、Wikipediaを見ていたら、この映画のキャッチコピーが出ていて、ちょっと面白かったので最後に載せておきます。これらを考え出すために、東映では連日のように、ああでもないこうでもないと会議が開かれたりしたのであろうか。そういうのを考えるのも、ちょっと楽しい。

「この手で姉をッ…! 討たねば討たれる 殺さねば殺される」

「金襴の打掛の裏にひそむ大奥三姉妹愛憎の物語」

江戸城大奥の門をくぐった時 女はすべて魔性の化身となる!」