高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

木下惠介『カルメン純情す』(1952)

カルメン故郷に帰る』(1951)も大好きな映画だが、シニカルなこちらの方が私の好み。怪作である。今まで観た日本映画の中でも、ベスト10に入るであろう作品。とにかく笑った。

木下惠介の才能を思い知らされる。わが淡島千景様はクレジットタイトルでは3番目だが、チョイ役である。しかし、それも何のその、という面白さだ。面白いものは何をどうやっても面白い(しつこい)。

まず、登場人物に、まともな人間が一人もいないこと。こんな映画があっていいのか?小津安二郎が、木下のことを、「オクターヴが高い」と言っていたけど、まさに。系統としては渋谷実の方である。私は本当に喜劇が好きである。

 

リリイ・カルメンこと高峰秀子は、前作にあった通り、幼い頃に馬に蹴られたという設定のため(現代ではまずいよなあ)、当然まともではない。真面目になればなるほどおかしい。相棒のマヤ朱実は、男を追って九州に流れ、女剣劇に走り、子持ちのまま捨てられ、カルメンのところに転がり込む。

カルメンが惚れてしまうインチキ芸術家の後藤は、これまた女たらしで、まともではない。その両親も、息子の趣味で変なものを着せられている。お手伝いが大御所の東山千栄子で、息子を原爆で亡くしたため、何かにつけては原爆原爆と言う(よくこの時代にこれを笑いにできたものである)。この人も変な服を着せられている。

カルメンの住むアパートの大家と、後でカルメンと朱実が働くことになる食堂の親父(いとこ)の関係も、間が抜けている。カルメンの働くストリップ小屋の親分は私の大好きな多々良純である。

そして何と言っても三好栄子。軍人の未亡人で、超右翼、いでたちも怪異ながら、政界進出を狙っている。今まで観た数々の愛すべきオババのなかでもぶっちぎりで笑える(オババベスト100とか、作っちゃおうかしら)。おケイちゃんこと淡島千景はその娘・千鳥役で、出戻り(死語、差別語)かつ身持ちが悪い。後藤とも、15,6回はヤッたと平気な顔で母親に告げる。おケイちゃんは本当に可愛らしく、いかにも洋画といった、スラップスティックコメディにぴったりだ。日本では得難い女優さんである。

以下、13名ほどはいるであろう、世の淡島千景ファンのために、せっかくなので見どころを。

服を脱いでスリップだけになり、後藤に迫るシーン。その脱ぎ方がチャーミング。この人は所作が本当に美しい。後藤と母親の演説を聞かされるシーン。顔をしかめ、片目をそれぞれつぶったりする。後藤に新しいワンピースを見せるため、クローゼットを開けようとするも開かないため、蹴っ飛ばす。男二人(笑)を連れ込んだところを母親になじられ、逆切れして早口でまくし立てる、物を投げる。後藤とケンカをし、そこに朱実の子を背負ったカルメンが来ている。追いすがる。この二人のコントラストを見せるためなのだが、それがうまくいっている。

あか抜けないカルメンと、ソフィスティケートされた千鳥。ただし、映画女優の格としては、完全に高峰秀子の方が上。おケイちゃんのスタイルの良さ(というか、顔の小ささ)が際立つ。しかし、それが逆に、インパクトを弱めているのだなあと初めて気づく。小顔で登場した日本で最初のスタア(Ⓒ小林信彦)でもあるんだけど。

そしてラスト、三好栄子の演説のところにカルメンと朱実が紛れ込んでくる。そこで野次を飛ばすのが朱実の元夫で話は混乱、大騒ぎになり、それを面白そうに眺めている顔と言ったら、かわいすぎて、悶絶します。ちょっと意地悪で、冷たくて、そしてきれいに撮られている(アングル、ライト申し分なし)。

おケイちゃんは、基本、モダンなのである。宝塚なのである。そこで鍛えられたことが演技のベースになっていて、だからこそ、バタ臭い(またまた死語)コメディが似合う。

 

映画全体に話を戻そう。とにかく脚本が素晴らしい。何としても手に入れて読みたいものだ。よくもまあ、こんなに珍妙な作品をかいたものである。セリフの一つひとつがおかしい。全登場人物のセリフを暗記したいぐらいである。

有名な、斜めアングルでほぼ統一されたカメラワークもよい。特に感じたのが、三好栄子が演説の練習をするシーン。だんだんとカメラが傾いていく。それから、後藤の個展のシーン。後藤の作品のタイトルを映し、それが、その直後の二人の動きやカルメンの心情の説明になっている。それが数カット続く。典型的なモンタージュ理論なんだけど、これは絶対に映画にしか出来ぬ。登場人物が歩くシーンも、真横から撮り、それが時々斜めになって、上り坂を歩いているようなカットになったりする。心情を幾何学的な構図で表現って、すごいじゃん。

メインの音楽は、ビゼーの「カルメン」。それに、黛敏郎、木下忠司オリジナルの音楽が入ります。主題歌もあるので、ミュージカルとしても楽しめます(欲を言えば、おケイちゃんにも歌って踊って欲しかった)。

映画というジャンルの面白さが凝縮されています。

政治への諷刺も、木下惠介がボンクラ監督じゃない証拠。完成度ではもちろん、「故郷に帰る」なんだろうけど、あれはヒューマニズムが過ぎる(とくに盲目の佐野周二がなあ…)。「純情す」のブラックユーモア、何より、「作られた」感が、私にはたまらなく良い。

それにしても、自分の喜劇好き、都会好き、場末好き、ブラックユーモア好きを、こんなにくすぐる映画があったとは。今までこれを観ていなかった自分が恥ずかしい。生き抜かなければ。世の中を分かった気になってはいけない。ぜひ、ご覧になってください。