高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

豊田四郎『雪国』(1957)

あらかじめお断りしておきますが、以下、ボロクソにけなしております。この映画がお好きな方は、閲覧をおすすめいたしません。それでも大丈夫、という方のみ、どうぞ。読者の方、減るかしらね……。

 

 

 

率直に言って、愚作。川端康成の作品は、本質的には絶対に映画化できないことを、証明しようとした作品。なぜかって?彼が目指すものが、言語にない部分にあり、現実の事象にない部分にあるからである。

『山の音』の場合、あれは原節子という、日常と隔絶したような美女?を出しているから成立しているのであって(とは言っても、この作品で原節子はないでしょう。いくらなんでも年を取りすぎている。まだ、当時の八千草薫の方がよい。しかし私はこの後八千草薫をけなすのであるから、自己矛盾甚だしいことこの上ない)、池部良岸惠子じゃどうにもならぬ。

いや、二人とも大好きだけどさ、それとこれとは話が別なのね。

一番、役を取り違えているのが、それとも監督の演出ミスなのかはわからないけど、八千草薫の葉子です。出だしの「駅長さあん」を聞いて、こりゃだめだと思いましたね、私は。

池部良は確かにセクシーだ。かっこいい。とくに、困惑した表情は母性本能をくすぐる。しかしいかんせん、セリフをしゃべらせるとがっかりする。甲高い声が、作品世界に合っていない。

駒子演じる岸惠子は、ただのヒステリックな女になっている。あの声が……ってここまで私、ひたすら声にケチつけてるじゃん。岸さんは、年を取ってから良くなりましたね。あの声が、可愛らしい魅力になっている。しかし若い頃はあかん。時に鼻に、いや耳につく。『早春』の金魚とか。

ひとつだけ感心したのは、三味線のシーンに吹き替えがなかったことです。あれは、大事なシーンですからね。商売女、とどこかで蔑んでいた島村が、駒子に対して襟を正すシーンですから。

まあしかし、それ以外は、何だかよくわからない女になっています。どうしたの?みたいに不機嫌で、私は途中から心配になりましたよ。

さっき、私は、川端の目指したものは、言語で表現しきれない部分、と書いた。『雪国』は、作者本人が一番好きな作品だと言っているだけあって、一種、到達不可能な美の世界を描いている。

語弊があるかもしれないが、これは懐かしい、少年の夢物語なのだ(『末期の眼』で、古賀春江の絵について、川端はそんなようなことを言っていました。保田與重郎もしばしばこんなことを口にしている)。

それをなんだ、安いリアリズムにする必要があるのか?笑いを取る必要があるのか?しかも笑えないし。

とくに腹が立ったのは、

①葉子が、駒子の許嫁を好きなため、必死で看病をし、駒子を憎んでいるという設定。葉子はそんなありきたりの女ですかそうですか。駒子では表現しきれない、さらに上の純粋結晶としての葉子を書いた意味がわからないんだね。葉子の聖性がわからないんだね。

二・二六事件とか、風俗を入れる意味あるか?

③しつこいが、『雪国』で笑いを取る必要はない。森繁久彌とか。いや、森繁好きだけども。

④で、結局無駄に長い。豊田四郎の映画は、必ずと言っていいほど長く、途中でだれる。溝口健二の『祇園の姉妹』を見習え!90分以下であの密度だぞ。

まあ、よかったなーと思うのは、按摩役の千石規子と、旅館の女中の浪花千栄子。しかし、なぜに関西弁。ここは越後湯沢だ。というか、ようは、豊田の好きな俳優をただ集めて、いろいろ出したという感じ。プロデューサーの佐藤一郎の好みなのか、大人の事情なのか、それは知らんが。

ラスト、火事で終わるのに、何あの蛇足感。葉子が、この先どうなるのかってところで作者はわざとやめてるのに(しかもだよ、何年かかって『雪国』書いたと思ってんの?そういう作家が、ここで擱筆したならさ、もっと意味を考えろってんだ)、葉子をただの「女」にしやがって。って、だんだん書いてるうちに腹立ってきた。

あとね、島村と駒子ってのは、所詮、行きずりの旅人と温泉芸者。体の関係なんだよ大事なのは。なのに、セックスの匂いがしない。致命的。

それにしても、『暗夜行路』を映画化した豊田四郎に、小津安二郎が、「天に唾を吐く行為だな。ものを知らん奴には勝てん」と言ったのは、そのまま『雪国』にも当てはまります。

生命の、瞬間的な美しさの連なりがこの作品のすべてなのに、ヒロイン二人からは、そんな刹那の美を感じることはできませんでした。

まあね、映画と文学はまったく違うよ。だったら映画は、映画なりに、そのジャンルで優れた作品にしてください。原作者への敬意とかないだろこれはマジで。

全体的に、これだけのオールスターキャストなのに、最後までそれぞれがうまく絡んでいない。なぜこの人を出す必要があったの?って人が多すぎる。旅館の多々良純田中春男、よくわからない森繁と加東大介。駒子の実母役の浦部粂子。お師匠さんの三好栄子はいいけど、もっと出してやってもよかっただろうに。はー。