高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

フランク・キャプラ『オペラハット』(1936)

トランプ政権以降、すっかりお目にかかれなくなってしまったようなアメリカを、久しぶりに見た感じがしましたよ、この映画で。

これは原題が“Mr. Deeds Goes to Town” で、なぜこういう邦題が付いたのかと思うのですが、これより少し先に日本で公開されたフレッド・アステアジンジャー・ロジャースの『トップ・ハット』にあやかったのではないかと、私は勝手に思っております。ちなみに後者は原題のままで、二つの映画は共通点も何もございません。ただ、「ディーズ氏街へ行く」じゃ、ちょっと日本では流行らなさそうではある。

これは、ゲイリー・クーパーという俳優をくまなく堪能できる映画。ほんとに、何と得がたいキャラクターの持ち主だったのかと思います。自然な善良。善良そのもの。ザ・善良。

彼が演じるディーズ氏は、田舎に住み、ちょっとした工場を経営し、詩を書き、町のブラスバンドでチューバを吹いている。そんな純朴な青年が、大富豪である叔父の突然の死によって、莫大な遺産を相続したことから起こる珍騒動を描いたのがこの映画。しかもよりによって、人間の欲望を象徴する都市・ニューヨークで暮らすことになったからさあ大変。

まず、冒頭からして素晴らしいテンポの良さ。疾走する車、それが橋から転落、遺産2000万ドルという記事…とたたみかけて来る。

全編これアメリカという雰囲気に満ち満ちています。ディーズ氏の行動は、逐一面白おかしく新聞に書き立てられるわけですが、その、売らんがためのジャーナリズムとゴシップ好きの大衆の姿がね。そして、欲深いタカリ屋。時代を如実に反映した、失業者の群れ。で、クーパーの無垢っぷり、人間の良心を体現するような演技も、間違いなくアメリカ的なものだと言える。

ヒロインである敏腕記者ベーブを、ジーン・アーサーが演じています。いやあ、キャリアウーマンが似合う。ちょっと硬質の美人で、きびきびしていて、何より、そのしゃがれた声が! デキる女丸出しですがな。

ベーブは、ゴシップ記事を取るために、ディーズ氏に近づきます。彼女が書いた「シンデレラマン」というからかいの記事は大受けし、彼の行動は次々と新聞のネタになっていく。そんなことはつゆ知らず、ディーズ氏はベーブを愛するようになり、彼女も、彼のあまりの善良さに魅かれていく。

さて、中盤のクライマックスに当たるのが、自分をからかう記事を大量に書いていたのが、実はジーン・アーサーだったとクーパーが知ってしまうシーン。

 もうね、この瞬間のクーパーの絶望的な顔、いや、深く傷ついた表情は、万巻の書に勝るものがあります。これだけでもこの映画を見る価値があると私は断言したい。実はこの前日、彼は精一杯の愛を告白した詩をベーブに渡している(それも、きわめて内気な感じでね)。だからよけいに、彼の滑稽さと悲しみが際立つんだなー。

後半は、遺産を狙う輩の策略で、「ディーズ氏の行動は異常で、すなわち彼は狂っている。ゆえに、財産を管理するには適さない」という名目で拘束され、裁判にかけられてしまう。この構成は見事。前半は、クーパーの行動が爆笑に次ぐ爆笑って感じなのですが、その一切合財が反転する。ベーブの書いた記事がいっそうそれに拍車をかけて、もうありとあらゆる面で彼は不利な状況に追い込まれるわけです。

まともな人間が狂人扱いされるというのは、ある意味諷刺の王道ですわね。当たり前ですが、こういうテーマは、いつまでも古びないと思います。

 もちろん最後はメデタシメデタシで。興奮した群集のなかで相変わらず右往左往するゲイリー・クーパーと、彼に抱き上げられ、この映画のなかで唯一、この場面だけ、恋する女の子全開モードのジーン・アーサーがかわいかったです。