高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

女の子とは何か

私には、少女時代というものがない。

性自認があいまいな自分は、ずっと、女の子というものがわからないまま育った。現代と比べて、昭和の御代にそういう生き方をするのはなかなか困難なことではあった。しばしば、ジェンダーレスな言葉遣いや振る舞いを母に嗜められたが、直らなかった。ゴム跳びのできない自分には、女の子の友達など、ひとりもいなかった。

そのくせ、女の子を描いた物語はよく読んだ。『若草物語』『赤毛のアン』『あしながおじさん』などなど。そこに羨望といったものはなく、どうして日本には、ある特定の時期に女の子が誰でも通るような物語がないのだろう、という謎について考えた。女の子という生き物は、謎のままであった。

そして私は、高校入学を迎える。そこは女子校だった。自分で選んでおいて何だが、私はひどく困惑した。どうにも居心地が悪いというか、居場所がない感じがした。女の子に囲まれて、私は三年間を過ごした。

そのなかで、忘れられない出来事がある。

高校三年生、家庭科の授業。その日の三、四時間目は、調理実習だった。出席番号順に、三人グループを作らされた。私は、二人の高橋さんと同じになった。このタカハシさん二人は、ふだんからベッタリと仲が良かった。当然のごとく、この日も私は浮いていた。そのとき、何かの材料が足りないことがわかった。タカハシさんAは、私の意向など無視して、タカハシさんBを連れて、腕を組んで買い出しに行ってしまった。それっきり、なかなか帰って来なかった。

私はひとり取り残された。

このときのことを思い出すと、いまでもいやな気持ちになる。ひとり、調理台に残された私に、声をかけてくれる者はいなかった。それは教師も例外ではなかった。材料がないので、作業を進めることもできない。しばらく待っていたが、憤怒と屈辱に耐えかねて、私は調理室を飛び出した。売店でパンを買い、教室にひとり戻って食べた。いや、食った。そのまま、調理室には戻らなかった。

昼休み、調理実習を終えたクラスの子たちが帰ってきた。タカハシさんたちも例外ではなかった。私は無言で、目も合わせようとしなかった。黙々と、五時間目の授業の準備をした。

女の子、というと、私はこの日の出来事を思い出す。タカハシさんたちは、紛れもなく、女の子だった。そして、そこから拒まれた私も、やはり女の子であった、と言うことができる。ちなみに、卒業式の日、タカハシさんBからは、このときのことを謝られた。ずっと気にしていた、とのことだった。

女の子とは、何なのだろう。私は今でもわからない。だから最後に、私の書いた詩を置いておく。タイトルはそのまま「女の子」である。

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三丁目のマンションの十二階から

制服を着た女の子が二人、墜落した

即死だった

季節の変わり目になると

思い出したように起こる出来事

男の子二人が飛んだ、とは

かつて聞いたことがない

ずるずると死の淵に引きずられたのか

二人は手をつないでいたのかな、とか

どちらが先に言い出したのか、なんて

まちがいなく言えるのは

彼女たちが女の子だった、ということだけ

女の子の気持ちをわかるひとは

たぶんこの世にいない

おじさんは論外だし

担任も残念ながら無理だ

母親も昔は女の子だったはずなのに

ちっとも彼女たちの気持ちをわかろうとしない

クラス替えであの子と別々になった

他に友達がいないのに

だから一緒に死のうってなった

わかる? この気持ち

わたしはこどものころから

女のひとを好きになることが多かった

それでずいぶん苦しかったし

あの子がいないと生きて行けない

だからね

そう、三丁目のマンションの十二階から

飛び降りたうちのひとりは

わたしなんだ