高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

久松静児『警察日記』(1955)

私は何でもかんでもやたらとメモを取る癖があり、それによるとこの映画を見たのは2012年5月となっている。舞台は会津の田舎であるが、まさかこのとき、自分が神奈川県から東日本大震災後の福島県に3年間移り住むことになろうとは、知る由もなかった。

劇中、よく知っている民謡(「会津磐梯山」はもちろん、盆踊りの定番曲から、白虎隊の唄とか)ばかりが流れて、不覚にも泣いてしまう。東北出身の者にはなじみ深いフレーズばかりなのである。

悪人がひとりも出ない映画。これといってはっきりした筋もない。田舎の村に起こる、ささやかな事件の数々。主人公は森繁久彌演じる巡査である。芸達者な俳優ばかりが出ていて、当時の日本映画のすごさというものがわかる。ちなみに、私ゴヒイキの伊藤雄之助も出演しています。

田舎のあたたかさ、したたかさ、あつかましさ、哀しさ、貧しさがよく出ていた。いちいちわかってしまうのが、私も東北人であるという何よりの証拠である。

杉村春子が絶品だった。人身売買の仲介をしては小金を稼ぐ女という設定で、したたかで小ずるくて、でも憎めない。万引きと無銭飲食で捕まる千石規子もよかった。両方とも、子どものためだけに犯罪に手を染めてしまうのが哀しい。

いちおう、中心になっているのは、それは当時6歳だった二木てるみ演じる少女と弟の物語。この二人、親に捨てられて、森繁久彌に発見される。二木てるみが天才子役と言われていたことに心から納得する。安達祐実芦田愛菜もびっくりだぜこりゃ。

クライマックスで、町一番の料亭にもらわれた二人を、捨てた母親がこっそり見守るシーンがあります。警察のジープに乗せられ、車中から子どもたちをそっと覗くのですが、ここよかったねー。しかも、粋なはからいというか、いや田舎だから人情そのものと言おうか、ジープは何度も料亭の前を往復するんですが、それがまたよかった。このシーンまでは、正直だれるところもあるのですが、さすが、映画(物語)としてちゃんとヤマ場を用意していました。

それにしても謎だったのは、こういう映画は、いったい、誰をターゲットにして作ったものなのか、ということ。実際、評判もよかったらしく、この年のキネマ旬報ベストテンの6位に入っています。60年代になると東宝の社長シリーズや駅前シリーズ、日活の石原裕次郎などがまず浮かんでくることを考えると、50年代につくられたこの映画は、しいて言えば文芸もの、というくくりになるのであろうか。

森繁久彌は、こういう、ユーモアとペーソスがある役が一番よい。そしてこの人には、何とも言えない暗さみたいなものがある。そこが、並みの喜劇役者ではないところ。渥美清が憧れたというのが、ほんと、よくわかります。森繁久彌の巧さは、好き嫌いを超えて存在しているようなところがあります。ところで、いまだに、あれ、森繁ってまだ生きていたんじゃなかったっけ、と思ってしまうのはなぜなのだろうか。