高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

2023-06-01から1ヶ月間の記事一覧

日記より(ウィリアム•スタイロン『ソフィーの選択』のこと)

2019年の日記から。 1.12 ウィリアム•スタイロン『ソフィーの選択』を読む。これも、書き出しからして、アメリカ文学のテーマである「イノセントと喪失」なのだろうか。この伝統はいつからなのか(ソローの『森の生活』も、考えようによってはイノセントの回…

日記より(トルーマン・カポーティ『冷血』の原作と映画のことなど)

10月×日 カポーティの『冷血』。昨日、電車で読み始め、早く続きが読みたくて、朝起きたときも真っ先にこれが読みたいと思い、とうとう一気に読み終えた。いやすばらしい。ノンフィクション・ノベルの傑作。とくに、犯人のペリーとディックの造型がすばらし…

ジム•ジャームッシュ『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984)

すでに多くの批評が出ている有名な作品、今さら私が何を言っても、とは思うのですが、言わせてください、ただの感想。 これはかなり好きな映画。なぜなら、ひとえに、映画的な映画だから。そして、徹底して無機質だから。アメリカなのにアメリカとも思えない…

アラン•パーカー『ミシシッピー・バーニング』(1988)

本当のアメリカの人種差別はこんなもんじゃないだろうが、それにしてもこれは多くの人が見るべき。一応、実際にあった公民権運動家3人が殺された事件をもとにしている。 たたき上げの捜査官であるジーン・ハックマンがよい。なんていい俳優なんだろうと思う…

日記から(2014年11月8日)

飛ぶイメージ。イメージは想像力。それは翼。イメージ、理想がないと、飛んでいる気がしない。イメージを実現しようとして行動したとき、そこで初めて飛んだことになる。そして飛ぶきっかけは現実(地上)にしかない。現実にあるものから飛躍させるのも、現…

私は誰? さあね、誰だろう。

私はたゞ、うろついているだけだ。そしてうろつきつゝ、死ぬのだ。すると私は終る。私の書いた小説が、それから、どうなろうと、私にとって、私の終りは私の死だ。私は遺書などは残さぬ。生きているほかには何もない。私は誰。私は愚か者。私は私を知らない…

宇野浩二『蔵の中・子を貸し屋』(岩波文庫)と私小説と話芸、ときどき西村賢太

今ではもうほとんど読まれなくなってしまったけれど、絶対に後世に残し伝えたい作家というのが何人かいて、私にとって宇野浩二はそのうちの一人である。 亡くなった西村賢太が芥川賞を受賞したとき、久しぶりに「私小説」(断じてシショウセツではなく、ワタ…

文学と教育は両立するのかよ、おい

などと、大層な題をつけてはいるが、最近の感慨。 いま、国語科における文学教育についての原稿を書いているので、頭のなかは常にこの問題がぐるぐるしている。 教育の目的は何か。端的に言えば、よりよき人間を育てることであろう。一人ひとりが幸福になる…

デヴィッド・フィンチャー『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008)

最初に断っておきますね。私、これ、かなり好きな映画です。 主人公は、肉体だけが80歳の老人として生まれて、だんだんと若返っていく一方、内面は成熟していく物語である。しかしこれはちょっと矛盾もあって、最初と最後、いちおう肉体は赤ん坊である。顔だ…

東日本大震災当時に考えた「震災」と「文学」

こんなメモが残っていた。これは、震災当時に書いたものだろう。 震災詩とは、震災後の文学とは、早くもそんな言葉がメディアに踊っている。テンションが高い。浮足立っている。 私は、嘘だ、と思った。 Twitterに流れる、膨大な量の、震災について、原発事…

学問的な「性」の話を少し――笹間良彦『図録 性の日本史』

現在、論文の仕事が詰まっている。授業もある。脳は常に興奮状態である。それを少しでも冷ますために、別な文章を書く暴挙に出る。それがこのブログである。まったく自分のためにやっている。来て下さる方々には、本当に申し訳なく思っています。 さて、仕事…

「エッセイ」のこと——荒川洋治『忘れられる過去』から

私は何を差し置いても随筆やエッセイ(私のなかでこの二つには区別がある)が好きで、小説を書いてみたいと思ったことは一度もないが、エッセイの類は、ああ、こういうものが書いてみたいとしばしば思う。 しかしながら、たとえばモンテーニュの『エセー』と…

言葉に操られる女

所詮、言葉なのである。言葉がすべてなのである。 言葉ありきで生きているので、それはしばしば、自分の首を絞めることになる。言葉は序論であり、本論であり、結論であり、スタートであり、途中であり、ゴールなのだ。 たとえば、「先生」。私は教員をして…

市川崑『破戒』(1962)※市川雷蔵すげえ

私、島崎藤村、好きなんです。同業の作家たちからは嫌われていたけれど、そのスケールの大きさは近代作家のなかでも桁が違うと思っております。姪に手を出して妊娠させてそれを書けるあつかましさ。 その藤村原作の『破戒』を映画化したのがこの作品。最近、…

永井荷風『すみだ川・新橋夜話』(岩波文庫)

いわき市に住んでいた3年の間、私は月に1回くらいの割合で、東京に出て来た。いつも、それは衝動的なもので、東京が恋しくなると、矢も楯もたまらず飛び出すのだった。 いつも、真っ先に思い浮かんだのは、隅田川であった。いわき市と東京を結ぶ高速バスの…

逃げ去る言葉、消え去る自分

※「ココア共和国」2023年1月号より 言葉をつかまえられない。つかまえたためしがない。それでも私はきょうも、言葉をつかまえようとする。 太宰治の「葉」という短編は、「死のうと思っていた」に始まり、「どうにか、なる」で終わるのだが、私にとって何か…

自分と向き合うということ(きわめて個人的な体験から)

最近、高校の国語科教育についての論考を書くことを求められ、慣れない資料の読み込みやメモ作りに追われている。 私の専門は近現代の日本文学だが、13年間、高校の国語教員としてやってきた経験があるので、まったくの素人というわけではない。楽しみながら…

佐藤泰志「海炭市叙景」と、少しだけ福間健二さんのこと

2023年4月26日、詩人であり映画監督でもあった福間健二さんが亡くなった。私にとって福間さんは、何より佐藤泰志という作家の存在を教えてくれた人でもあった。面識はなかったが、詩誌「ココア共和国」の本年1月号に、福間さんと並んで招待エッセイを書かせ…

トッド・ヘインズ『キャロル』(2015)

この映画には、個人的に特別な思い入れがあるので、うまく書けないかもしれない。とにかく、すごくよかった。ケイト・ブランシェットに拮抗するルーニー・マーラの演技力と存在感。 二人の距離の縮め方がとてもリアル。本当に愛し合っているとわかるラブシー…

書かずにはいられないひとたち

当ブログ2023年5月16日の記事「言葉について」では、「言葉を、選んで、選びすぎて、ついには言葉がなくなる」と言った教え子について書いている。 実は、私が、「生きている」、しかも身近な他者について書いたのは、このときが初めてだった。それまでの私…