高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

佐分利信『心に花の咲く日まで』(1955)

むかし、日本映画専門チャンネルで観た。大映文学座。監督が佐分利信である。脚本は田中澄江で、文学座総出演(杉村春子の伝記なんかを読んでいると、舞台のためにこうやって映画で稼いでいたんだなとか、ついつい余計なことを考えてしまう)、しかしクレジットのトップは「淡島千景」である。芥川比呂志と夫婦役なんですが、いやー芥川比呂志のカッコいいこと。

なんつーか、あれです、淡島千景(以下、おケイちゃん)の魅力満載の映画でした。最初の方で、芥川にミカンを食べさせてもらうシーン、文字通り「パクッ」と飛びつく感じなんですけど、やられましたね。松竹時代の、お嬢さん的な雰囲気が良く出ている。お嬢さんのまんま奥さんになったような役。あーいいわ、おきゃん(死語)って感じ。上品!夫は失業中。しかし二人は愛し合っている。それだけの話。妻はたまにヒステリックになったりするが、のんきな夫を信頼して愛している。だから、夫が悪く言われたりなんかすると相手に食ってかかる。

早い話、ひとつの「メルヘン」なんですね。音楽はほとんどクラシックで、ベートーヴェンの「田園」がテーマになっていますが、私はこの直後、「田園」を借りに走りましたよ(買いましたと言えないところが悲しい)。その曲に合わせておケイちゃんが踊るシーンがあるんですが(しかも、家事の最中、上着をたたみながら)、スローでまわされたカメラ、これは完全に観客へのサービス。宝塚時代を彷彿とさせる。あー観れてよかった。やるじゃねーか佐分利信

この夫婦に、山梨から夫と子どもを捨ててきた杉村春子と、鼻持ちならないインチキ文学青年の仲谷昇(いや、いい役者なのはわかっています)のカップル、すゞ子(おケイちゃん)の母役の長岡輝子、出戻りの姉、組合運動に凝っている弟(この恋人はなんと加藤治子がやっている)だったりがからむ。他、失業中で、するめの行商で生計を立てている芥川の友人が宮口精二、すゞ子の友人のお妾さんなど。つまり、一番幸せなのはこの夫婦と子どもで、お金はなくとも愛し合い、信頼し合い、希望を決して失わず……という他愛もない映画なんです。ラストは夫の職が決まって、もちろんハッピーエンドです。それにしても、錚々たる面子がチョイ役。すゞ子に洋服を注文し、難癖をつけるオババは賀原夏子である。

しかし、比呂志ってば、龍之介に似すぎ。この夫、典型的なインテリなんだけど、久しぶりに観たよ、イヤミのないインテリというものを。つまり、本物のインテリってことだ。森雅之にもそれを感じる。まあ、おケイちゃんが惚れきっているのもわかる(森繁の場合とはまた違う)。明るく、かわいらしく、夫を健気に支えるっていう役どころ、すでにこの頃からできてたのね。『夫婦善哉』と同じ年の作品で、全然違うタイプではあるんですが。この時30歳ですか。はー。

ひとつ感心したのは、というか、淡島千景でいつも感心するところのひとつなのだが、この人は夫婦の役なら、しっかり「夫婦」らしさを出す。早い話、セックスの匂いをきちんと出しているところなのだ。それがね、恋人ではなく、ちゃんと夫婦なんです。何がどう違うのかは説明のしようがないんですが、しかも私結婚していないしね、でも、そうなんだから仕方ない。『早春』だって、あの不機嫌さの原因のひとつは、セックスレスでしょうが。それがわかるんですわ。これがたとえば原節子だとその匂いはしないし、高峰秀子だとたまに出すぎなのである。

以下、印象的なシーン。

・隣家の杉村春子には毒舌満載のおケイちゃん。江戸っ子の本領発揮。

・洋服姿、モダン!そして上品。コートとかスーツ、スタイルいいだけあって似合います。いやー得した得した。

・お嬢さん言葉がサマになっている。

・お金を隠していないかと夫にタックルする。さすが運動神経抜群なだけのことはある。

・実は夫婦そろってお人よし。芥川は貴重な煙草を宮口精二にやっちゃう。おケイちゃんはそれをなじった直後に、国に帰るという杉村春子に二千円やっちゃう。O・ヘンリーか。

・おケイちゃんの冷たい目、最高(杉村春子に対して)。

・色惚けの杉村春子、若干怖い。でも、これまた本領発揮って感じ。小津作品だけでは絶対にわからない。これが成瀬巳喜男の『流れる』にもつながっているわけだ……。

・おケイちゃんはコケティッシュです。

・風呂に行くお金がなくて、自分は5日も入っていないのに夫を送り出す。「早く帰って来てね」と夫に体を寄せる、こういうところなんだよ、夫婦の情愛が出るのって。この晩は、セックスをするというのがわかるんだよ。まして、先に書いた踊るシーン、この直後だし。でも、5日風呂に入っていなくて、私ならやれない。そして、できれば、そんなセリフはおケイちゃんからは聞きとうなかった。

・嫉妬(よりによって杉村春子)で、ヒステリックになって夫へミカンを投げつける。おケイちゃんは平均したら、一作に一回ペースで物を投げていると思う。

・僕は天才、天才は何をしても許されるという仲谷昇にはバックドロップをかけてやりたい。

・おケイちゃん、ねんねこ着てますがな。けっこう似合うのね……。

・この夫ののんきさは国宝レベルである。でも、研究に向かう時は厳しい。妻にも厳しい。そら惚れるわなあ。妻の入院費のために、好きなレコードを売っちゃう。

・これだけの文学座の中で、淡島千景は浮いていない。

・この夫婦はしょちゅうイチャイチャしています。かわいいです。イチャイチャシーンのかわいらしさを事細かにノートに書いていましたが、いちいち打つのはやめました。

・子どもを預けて、手をつないでコンサートに行く夫婦だもんなー。1955年でこれはかなり異質。貧乏なのに卑しくないし品がある。人品てのはやはり内面なんだ。しかも、手つないで「田園」聴いてるし。一度は出ていくも、仲谷昇のもとへ戻り、でもその才能のなさに気づいて目が覚める杉村春子とは対照的。

・結局、私は、淡島千景がよければ何でもいいんでしょうな。この人のラブシーンはバタ臭い。自分からキスするような役がほんとに似合う。「戦後」の人なのだとあらためて思いました。