高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

島津保次郎『兄とその妹』(1939)

昭和14年の作品。脚本も島津保次郎である。戦前に、すでにこの時期、松竹調、いや大船調が確立していたことをまざまざと見せつけられる。どこにでもあるような、その時代時代の小市民的な家庭を舞台にした映画。でも、あくまでも映画。当たり前だが、映画ってこういうことなんだ。現実を撮るのではない。あくまで、見せるために撮られた、作られた世界なのである。

だから、たとえば似たような構図のショットを繰り返して、日本の家屋というものをシンボリックに見せる。そういうところがやはり楽しい。 ところで、私はこの映画で初めて、動いている桑野通子を見たのである。確かに、スタイルは抜群だしとにかく美人。とにかくモダン。たまに歴史的映像で見るような、悲しく恥ずかしいモガじゃない。だがしかし、わりと大根だった(笑)。それから声が意外としゃがれていて、オバさんっぽい(ファンの方ごめんなさい)。

そしてこの映画、上原謙が超絶イケメンだった。戦後しか知らなかったので、これは掛け値なしの二枚目だわと脱帽。そして、三宅邦子は全く変わらない(笑)。相変わらず台詞回しが美しい。ごく普通の妻をやらせてこの人の右に出る者はいない。

そして、ああ、昔の映画は、本当に長回しなんだなあと思いましたね。そりゃ俳優も鍛えられますってば。小津みたいな細かさならまた別だけど、今の映画もドラマも、たとえば昔やってたNG大賞とかで見た演技って、そのシーンを撮る直前に台本をちゃちゃっと見てちゃちゃっと演じてハイOK、って感じだもんな。全セリフにルビを振ってた田中絹代を見習えよ。

それにしてもさ、あんないい女二人(妻、妹)に支えられ、守られ、まっすぐ生きる主人公の佐分利信さん(ここでやっと主人公の話)、あんた幸せすぎ。 これは男の理想を描いた映画なんだね。いい気分で大きな顔をして女たちを守っているようで、実はがっちり女に守られているって話。

桑野通子が、箱根で、結婚話を断るシーン、あそこは秀逸でした。私が重役の甥と結婚したら、兄さんが会社で軽蔑される、という論理だが、ここはちょっと奥が深い。単純に見れば、兄想いの妹で終わるんだけど、穿った見方をすれば、この兄妹が、実にその潔癖さという点で紛れもなくきょうだいであることを鮮やかに見せる。どこか野暮ったい兄と、モダンで颯爽とした妹なのに、根は一緒、というね。

しかし、結局話の筋に関係なく、強烈な印象で残ったのは、同い年の桑野通子と三宅邦子でした。繰り返す。同い年だよ(大正5年生まれ)……。

桑野通子の指にバラの棘が刺さって、三宅邦子がその指を吸って抜くシーン、ちょっとエロティックだったなあ(それにしても私、ほんとこういうのばっかりよく見てるなあ。本筋と何も関係ないだろうに)。あれは女同士だし、まして家族の話だし、もし男女でやったら検閲でカットされるだろう。偉いぞ島津保次郎

昔の映画を見てますと、ほんと皆さん、色恋というものをよくわかっているんだなあと思うんですよね。あ、男女だけじゃないかも。というか、エロスが何たるかを知っている。限られた表現のなかで、それを出すことをよく知っている。何てことはないシーンなんかに込められた、びっくりするほどセクシャルなものに、たまに呆然とすることがあります。映画を見ていて、もっとも楽しい瞬間のひとつです。