高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

アーヴィング・ラッパー『アメリカ交響楽』(1945)とジョージ・ガーシュウィン、フレッド・アステアならびにジンジャー・ロジャースのこと

言わずと知れた大作曲家・ジョージ・ガーシュウィンの伝記映画。

ガーシュウィンの曲が、まぎれもなく私の原型を作っているひとつの要素であることをあらためて思い知らされる。「ラプソディ・イン・ブルー」より好きなクラッシックの曲が、私にあるとは思えぬ。

そんな事情があるせいか、それほど優れた作品というわけでもないのに、ガーシュウィンの曲が流れるたびに涙を流してしまうという惨状を呈する。やれ脚本がどうだとかカメラワークがああだとか、ほとんど考えることもなく見た。

とくに、下積み時代から「スワニー」で注目され、ついに「ラプソディ・イン・ブルー」の上演にこぎつけるまでの前半がよい。ちょうど前半のクライマックスにこの曲の演奏会を持って来るんだから、こちらとしても泣かないわけにはいかないでしょうが!

ガーシュウィンが、音楽の師匠であるフランク教授から、過去の偉大な音楽家のように、「君ならアメリカの声を作ることができる」という励ましを受ける場面があるのですが、これには本当に感動しましたね。ああ、本当にこの人は「アメリカの声」を作ったんだなあと。自分が幼い頃にはじめてガーシュウィンを聴いて感じた衝撃って、まさにこれだったのだと、何十年も経って初めて得心した次第。

たしかに、どの国の音楽家も、歴史上に名を残した人ほど、その国そのものみたいな音楽を作っている。ベートーヴェンがイタリアだとかあり得ないし、チャイコフスキーがロシアじゃないなんて考えられない。

ただ、パリ留学から、死ぬまでの後半部分はちょっとだれる。相変わらず流れる曲は素晴らしいのですが、何なのでしょう、主演の俳優(ロバート・アルダ)が、ガーシュウィンの生涯の重みに耐えきれなくなったという感じがした。しかし、まあ、これは非難されるべきものではないだろう。伝記映画はみなそういう難しさがつきまとうだろうし、実際、38歳での死は早すぎるよ。

この映画を一貫して流れているテーマは、「生き急いだ天才」なんですよね。前半のテンポの良さはそれがうまく合っているのですが、後半は何だか主人公の焦燥感ばかりが目立つ。そのわりには動きが少ない。

ジョージと兄・アイラの兄弟愛が美しい。そしてあらためて、アイラの作った歌詞はすげーなーと思いました。他愛がないように見えて、哲学的。

ガーシュウィンの親友だったオスカー・レヴァントはじめ、ガーシュウィンゆかりの人たちが本人役(himself)で出演しているのも、見どころのひとつ。

ここから、ゆかりの人ということで、きわめて個人的な思い入れを語りまくることをお許し願いたい。映画の内容とはまったく関係がないが、それは、ジョージ・ガーシュウィンと、これまた私が愛してやまないフレッド・アステアジンジャー・ロジャースのエピソード。

それぞれまったく別なときに好きになったのにもかかわらず、この三人に浅からぬ因縁があったという「歴史的」な事実は、冗談抜きで、私にとっても運命なのである。まったく、これだから、生きていくことはやめられぬ。

ガーシュウィンと、ブロードウェイのスターだったアステアはかねてから親しかったわけですが、あるとき、ガーシュウィン作のミュージカル『ガール・クレイジー』のダンスシーンでちょっとした問題が起こり、ガーシュウィンはアステアに助けを求めます。そして、このときの出演者が、若き日のジンジャー・ロジャースだったんだな。これをきっかけに、フレッドとジンジャーはニューヨークでデートを重ねるようになる。

しかしジンジャーはハリウッド入りし、二人の仲もそれっきり。それぞれ別な相手と恋愛し、やがては結婚する。そして、遅れて映画界に入ったフレッドの出演二作目が『空中レヴュー時代』。ここでジンジャーと共演、脇役だった二人のダンスは爆発的な人気を呼ぶ。ここから「史上最高のダンシング・チーム」と言われたアステア=ロジャース映画が次々と作られていくことになるわけですな。

まあ、ハリウッドで再会したころは、双方とも恋愛感情などまったくなく、映画製作の過程では確執があったとさえ伝えられていますが、あの二人のダンスを見たら、運命的な出会いというものは必ずあるのだ、と思わざるを得ない。双葉十三郎氏が「人類の文化遺産」と言ったのもむべなるかなである。

そして、1937年の『踊らん哉』でガーシュウィンが音楽を担当、この三人は再び顔を合わせることになります。もっとも、この直後にガーシュウィンは急死してしまうのですが。ジンジャーの自伝には、ジョージの来る場で、サプライズでフレッドと私がダンスを披露して、彼はとても喜んでくれた……みたいな記述があって、このお三方が好きな私としてはもうそれだけで泣くわけですよ。

なお、ガーシュウィンともよくデートをしたというジンジャー・ロジャース。彼が彼女について語った言葉が、私はとても好きです。すなわち、

「ジンジャーは、誰とでもちょっと恋愛をするが、誰とも大恋愛はしない。」