高山京子のブログ

高山京子(詩•日本近現代文学研究)のブログです。基本的には文学や映画のお話。詩作品はhttps://note.com/takayamakyoko/へ。Xは@takayamakyokoへ。

アルフレッド・ヒッチコック『泥棒成金』(1956)

何度も観ているはずなのに、ほとんど忘れていた。そのあたりに、この映画の秘密があると思います。グレース・ケリーが、押せ押せのかわいい「女の子」を演じていたことに驚く(って、『裏窓』もだな)。私のなかではきれいな「女の人」だったのに。しばらくして、自分が年を取ったからだと気づく。

映画はつくづく編集。冒頭、次々に盗まれる宝石、女の悲鳴、夜の闇を忍び歩く猫の映像が交互に映し出される。追われたケーリー・グラント(通称キャット)が警察をまいてバスに飛び乗る。一番後ろの座席に腰掛ける。夫人の隣にあった鳥籠の鳥が盛大に騒ぎ出す。だって、猫だから。ケーリーは並行して左側を向くと、その乗客はヒッチコック

このケーリーが着ている衣装がなんともオシャレ。細かいグレーのボーダーのセーター?に、赤字に白い水玉のスカーフ。ボーダーと水玉が不思議とよく合っている。この衣装担当のイーディス・ヘッドのことが特典映像で出ていた。アカデミー賞8回、あらためて、何とカッコいい。仕事のできる女性って感じだなー。黒髪、前髪は短く切りそろえ、後ろに結い、地味なツーピースにサングラス。カポーティの伝記にあったけど、髪型は変えないのがコツってほんとだ。とにかく、この衣装と南フランスの風景が贅沢。

警察とのカーチェイスも、途中、横断する老婆やにわとり、バスにぶつかりそうになる。そのたたみかけがサスペンスを盛り上げる。物語に出てくるフランス人の少女は、ちゃんとフランス訛りの英語をしゃべっていました。言葉に目がない自分、こういうのを発見するのは映画の愉しみ。

まあ、お祭りみたいな映画だよ。花火大会あり、仮装パーティーあり。でも、だからこそ、しばらくすると忘れてしまうんだよな。

グレース・ケリーのかわいらしさを見て、ああ、自分は、自分ができないことを、他の女の人にやらせて満足している(実際にはしていない)と思った。多くの人が同性のスターに寄せる感情なのではないでしょうか。

ケーリーを翻弄する、新(偽)キャットが、最後までわからないようになっています。ネタバレになるので書きませんが、怪しい人物はたくさん出てくるので、推理するのは、まあ、楽しい。当たり前ですね、サスペンス映画なんですから。

ケーリーと保険会社の男(もっさりとしたおじさん)が、途中、すりかわって、グレースのダンスの相手になっているところなんか、ユーモアたっぷりなのだが、一番の収穫はグレース演じるフランシーの母(ジェシー・ロイス・ランディス)でしょう。

北北西に進路を取れ』ではケーリーのお母さん役。夫の死後、石油であて、莫大な富を得て世界を旅するアメリカ人。そう、アメリカ人です。娘にはちゃんとフランス語もしゃべれるように教育を施し、レディに育てているのに、自分はどこかあけすけなアメリカ人気質が抜けない。シャンパンを嫌い、バーボンを好む。仮装パーティーでは申し訳程度にシャンパンに口をつけ、早々にバーボンを注文しちゃう。もうこれはまちがいなく生のままでしょう。このお母さん、ケーリーを自分の夫より男の中の男だと一発で見抜く。

それにしても、いつも思うのですが、ヒッチコック作品の怖い人だかおかしい人だかわからないケーリー・グラントの演技は、誰にも真似できません。グレース・ケリーはほんとにきれいなんだけど、どうしても印象が薄い。こんなにきれいなひとも、いないとい思うのに。声じゃないかなと個人的には思うんですよね。あまり特徴がない。向田邦子との対談で、山藤章二が、声に特徴がないひとは似顔絵にしにくいと言っていたことを思い出すなど。

最後に。ジェームズ・スチュアートケーリー・グラントは、ヒッチコックの分身というか、理想なのだろうな。